こんにちは。
湘南で自由な生活をしたい、らいおです。
今回は社会学者の古市憲寿さんの小説、「平成くん、さようなら」をご紹介します。
この小説の素晴らしいところは現実かフィクションかはただ読んでいるだけではわからないところです。
そう、舞台は2019年の現代日本。
そこは、前年に安室ちゃんが引退した日本。
そこは、グーグルホームに話しかける日本。
そう、現代の日本。
たったひとつ違うこと、それは
安楽死が認められていること
死について普段考えたことありますか?
この物語は主人公である「平成くん」が安楽死を考えてると彼女に打ち明けるところから始まる。
そこは安楽死が合法化して、自殺が減って、安楽死が増えている世界。
最初は特にフィクションだからと気にはならない。
でも、読み進めていくと違和感が生まれてくる。
そう、物語は「今」起きている。
2019年のここ日本で起きている。
だから、いやでも「今」安楽死について考えさせられる。
生死について考えさせられる。
こんな感覚は初めてだった。
果たしてこれまで自分は生死について本気で考えてきただろうか?
答えはノーだ。
安楽死について考えたことありますか?
いじめにあって、つらくて精神的に病んで安楽死を選ぶ。
末期のガンと診断されて、余命宣告をされたから安楽死を選ぶ。
飼っている猫が苦しんでいるから、楽にしてあげようと安楽死を選ぶ。
こんな描写があるがどれも実感が湧いてくる。
平成28年、厚生労働省の調査で本気で自殺を考えたことがあるのは国民の20%だという。
日本人は1億2千万人だから2400万人は考えたことのある試算だ。
個人的には考えたことのない人間としてこの数は多いと思う。
この2400万人は安楽死が合法化された日本はどう見えるのだろう。
生きやすい日本と感じるだろうか?
最近何かの本で「生きるということはそれだけでつらいことである」という言葉を見た。
ゲームみたいに「今回の人生はこれくらいで終わりにして、はじめからスタート」みたいな感覚は生きやすいのかなと思う。
だから個人の結論としては、「安楽死という選択肢がある事は、楽に生きられる心の支えになるかもしれない」ということだ。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
普段は簡単には考えられない生死について考えさせてくれる「平成くん、さようなら」は良い小説だなと思います。
苦しんで死にたくない。
揺れる椅子で眠るように死にたい。
昔に半分冗談で言っていたことを思い出した。
現代では安楽死は合法化されていないけど、一歩間違えば合法化されてもおかしくない。
シュタゲ的にいうと違う世界線なら安楽死が合法化された日本があるのだと思う。
だから、近い将来に合法化される前に安楽死をどう考えるか?
安楽死が簡単にできるようになったら、この法律をどう利用するか?
心の準備は必要なのだと切に感じる。